検便戦争

今月もその日がやってきた。
先月は完全に忘れていたため今回は更衣室に置かれた自分の名が入った容器を早々に確保し、胸ポケットへとしまった。
そして今日提出開始となった。今日から3日間2階トイレにて回収されるのだが、最終日となる12月6日は不運にも休みにしてしまっているため、今日か明日のうちに腸内に眠る糞を何としてでも捻り出さなければならなかった。
この俺の焦りを知ってか知らずか朝礼後便意が訪れた。その確かな便意に手応えを感じた俺は足早にトイレへと駆け込む。後はしっかりと踏ん張り糞を体外へ放り出すのみ、しかし物事はそう簡単に進まないのが世の常 何を勘違いしたか迷う事なく俺は洋式へと駆け込んでしまった。入ってしばらくは糞を肛門へと誘い排便の邪魔をする屁を幾度となくだし、いよいよと言うところで俺は自分が犯した罪の重さに気付いた。

 

「このまま捻り出すと糞はそのまま着水 それどころかそのまま深みへと沈んでいき一番の目的である採取もままならないのではないか?!?」

 

これは国家をも揺るがす一大事
このまま排便するとただトイレで糞をしに来ただけになってしまう..!!
それを回避すべく考えた案は


『便器内にトイレットペーパーを重ね合わせ一つの層を作りそこに糞を着地させる』

 

というもの おそらく同じ危機にでくわせば一度はよぎる考えだと思われる がしかし、それを脳内議会の採決で満場一致の賛成で可決されるのは俺ぐらいだろう。黙って和式へとシフトチェンジすればいいはずである。
そんな事に微塵も疑問を感じず 俺は備え付けられたトイレットペーパーホルダーに手をつけた。カラカラカランと小気味よい音ともにトイレットペーパーが引っ張り出される その束を何となくの形に整え便器内へとセットする その様子はさながら煮物を作る際の落し蓋の様だった。
こうして何故か安堵を覚えた俺は便座に腰を下ろし全身全霊で気張ったのである。

 

ブリブリブリ

 

文字に起こすに容易い音を響かせながら糞が捻り出される

 

ブリブリ

 

ブリブリブリ

ブリブリ..ぽちゃんっ

 

ふぅ〜

 

この時俺は殆ど目的を達成したかの如く満足感に包まれていた。
ケツを念入りに拭き取りパンツ、ズボンを履き、前もって準備していた検便の容器を手に便器を覗き込む。

「...???」

思わず「まさか...そんな馬鹿な」と口走ってしまいそうな光景が飛び込んできた。

あるはずの"ソレ"が無いのである。

"無い"と言ってしまうと、消滅でもしたのか、はたまた分子レベルで分解されたのか、様々な憶測が脳内をよぎってしまうが、そんな心配をよそに呆気なく"ソレ"は見つかった。
破れたトイレットペーパーの狭間から垣間見える茶色に物体
そう、便座に溜まった水の底に鎮座していたのである。

 

「なんで?トイレットペーパーで蓋したはずなのに」


何を抜かすかこの男 一般成人男性が一度にする大便の平均重量 100~200gの物を濡れたトイレットペーパー数枚如きで防げる本気で思っていたようだ。お前はウサギか何かか、ウサギの糞程度ならその"落し蓋"も受け止めれただろうがお前はまごう事なき人間なのである。
とりあえず今はそんな事置いておこう
問題は検便の採取が出来ないという事である。事態は深刻だった。
元々毎日便意が来るほど忙しい腸内環境では無いため明日も便意が来る可能性は非常に低い。 だからここで諦めて流してしまう訳にはいかなかった。

焦る俺 浸る糞 滲む汗 消えた感知式電灯
ひとまず俺は消えたトイレの電気を付けるため個室を出て軽くサンバを踊り電気がついた事を確認し再び個室へと戻った。
おもむろに持っていた検便の容器から蓋を外し蓋に付いた長さにして30mm程のほじくり棒を便器に溜まる水の中へと差し入れていった。想いはひとつ

 

「屈折があるから。光の屈折で深く見えてるだけで実際めっちゃ浅いから。」

 

ちゃぽんっ....

 

現実とは非情なものである。見事なまでに長さが足りないのだ。差し入れていったほじくり棒は水の中では更に短く見え 水の世界の恐ろしさを現実を叩きつけられた 便器に。
とはいえ半ば気付いていたのか特に落胆する事もなく水から引き上げたほじくり棒をトイレットペーパーで拭き取り容器へと収めた。

 

ガコンッ

 

ズゴゴゴ


ジュバァァァ....

 

聞き慣れた音と共に吸い込まれていく糞。
それは敗北を意味していた。
洋式の便器に己の浅はかさに。
無言のままトイレを後にする その後ろ姿は小さく見えていたであろう。

しばらく放心状態が続きながらも仕事へと意識を向けた。 3時間程経った頃今朝出しそびれた残党が肛門を叩いた。そう、再び便意が来たのだ ただ今朝程の手応えはない 俺はトイレへと急いだ。
もちろん朝と同じ轍を踏まないよう和式を選んだのは言うまでも無いだろう。
胸ポケットから容器を取り出し流れるような無駄の無い動きでズボンをずらし臨戦体勢へ入る。だが気張れど気張れど出るのは屁 気張る度出るマヌケな音に俺は憤りを感じていた。
しかし暫くすると僅かながら手応えを感じた。ただここで下手に引き上げてそこに糞がでていなければいよいよ取り返しのつかない事になる。その事を危惧した俺はその微かな手応えを求め執拗に気張った。


気張る。


更に気張る。


これでもかと気張る。

相変わらず手応えは僅かだったが何度か感じたその手応えに一筋の望みをかけてケツを拭きズボンを上げ視線を便器に移した。

 

有。

 

確かにそこにある。

量は少なくさしずめウサギの糞と言ったところか その僅かに産み落とされた自らの糞を眺め歓喜した俺はほじくり棒でしこたまほじくり検便戦争に幕を閉じたのであった。